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zoom RSS サルサレッスン・アシスタント日記その29

<<   作成日時 : 2010/06/16 13:20   >>

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突然ですが、アメリカは民主主義の国であります。
その民主主義の方向性は、他国の事情をお構いなしに政治的に「民主化」するにとどまりません。
たとえば自動車をフォードが「民主化」しました。エジソンが電気機器を「民主化」しました。
コカコーラは飲み物を「民主化」し、マクドナルドは食事を「民主化」、ハリウッドは映画を「民主化」しております。

民主化とは、人種的、経済的、性別的などあらゆる差別をなくすことを目的として導入されたものだと思いますが、究極的にはすべての差をなくし、平準化していくことをあらわしているわけです。


で、政治の場合、その民主化は選挙によって行われます。
人間一人につき一票の意思表示がそれですね。

で、政治以外では、その民主化とはどのように行われるのでしょうか。
「お金」なんですねぇ。

お金はあらゆる物・サービスの対価として流通することにより、人類は「物々交換」の不便さから解放されたわけですが、もうひとつ、大きな意味合いがあるわけです。そう、「平準化」です。

例えば、人間を平準化する作用があります。
年間100万円稼ぐ人間と、1億円稼ぐ人間では、「価値が違う」わけです。
しかし、1億円稼ぐ男性と、1億円稼ぐ女性は同じです。

歌手や俳優、芸術家などはどうでしょうか。
一般のレベルから突出すればするほど、お金が稼げます。
お金が入って入って、お金によって才能を「民主化」されてしまう。
「民主化」によって才能が消費されつくすまで、資金は流入するのです。
彼らの才能が、死んでも消費されなければ、死んでからも資金が流入します。
こうしてお金は、人間の才能を「平準化」していくわけです。


時間差、地域差を貿易商社や先物取引業者が。
性差、年齢差は風俗業者がそれぞれ商品化し、投資家・消費者へと供給されるわけですね。

社会主義国で、お金が役に立つのは購買ではなく、買収であることも重要なポイントです。
なぜなら、かの国では社会生活上の必要な物・サービスは国が供給することになっているから「差」がないのです。
しかし、「役人」「幹部」と平民という立場の差が大きく存在するからなんですよ。


このように、民主化とお金とは、平準化するという意味において非常に強い結びつきがあるわけです。


今の日本に、なんだかよくわからないけど、確実にただよっている、誰もが感じている閉塞感。
やりたいことがあるはずなのに出来ない苛立ち。


お金というのは大切なんです。大切なんですが、所詮「平準化」の道具なんだよね。

土をいじる。
歌を歌う。
絵を描く。
スポーツをする。
踊る。
などなど。

自分自身が、なにかしらで自分を楽しませてあげないと。
お金を使って娯楽を得るばかりじゃあ、何のために生きているのかわからないじゃないか。
才能を浪費させられるアーティストだって、いい迷惑だよ。




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