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zoom RSS サルサが楽しくなる、一つの方法

<<   作成日時 : 2010/10/04 01:11   >>

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私が以前、よく考えていた事で、最近考えなくなったことがあります。

「こんだけ頑張ってるんだから、なんか良い事ないのかなぁ」

とか、

「こんだけ頑張ったのに、もうちょっと何かあってもいいんじゃないの」

とか。


まぁ、いわゆる「見返りを求めている」わけです。

べつに、「今日から見返りを求めないようにしよう!」と決めたわけではなく、なんとなく、そういう事を考えなくなったわけです。

それよりも、「自分はどうなのか」「自分は何をしたいのか」「自分はどうなりたいのか」というように、自分の事を考えるようになった。

見返りと言うのは、「他人」に対して欲しているわけです。
それに対して、「自分」に対して欲するというか、自分の欲求について考えている。


例えば、サルサに何かを求めても、サルサはサルサであって、私にはそれ以上の何も与えてはくれません。
しかし、私が例えば「カッコイイ男になりたい!」と欲し、サルサを踊ると、私には「カッコイイ男」という評価が付いてくるわけです。

つまり、自分の欲求に対し、正直にぶつかり、それ相応の努力をする必要があるわけです。
その結果として、欲求が満たされる、またはそれに近づくことが出来ると言う事になりますね。

私がサルサを踊る事に意味をつけるのは私自身であります。

サルサが「女の子とくっつけるチャンス」と理解するのか、「コミュニケーションの道具」なのかで踊りはまったく違う方向になるわけですよ。



人生に何かを求めても、人生はただの時間の流れであって、それ以上の意味は何も与えてくれません。
人生は、私には時間以外になにも与えてはくれないのです。

そういう意味で、人生はみな平等であります(時間の不平はあるが)。

その時間に意味を持たせるのは、自分の欲求以外になにも無いのではないでしょうか。

労働、あるいは経済活動によって衣食住についての欲求を満たしつつ、それ以外にどういう欲求をもち、どう叶えて行くのか。


みなさんは、自分の欲求に、正直に生きていますか?

これ、サルサが楽しくなる、一つの方法ですよ〜ん。

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