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zoom RSS 踊れるならば、踊ろう。命があるなら、生きよう。

<<   作成日時 : 2011/03/31 02:02   >>

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29日の火曜日、震災後はじめて銀座ラスリサスへ行きました。
ちょっとのご無沙汰なのですが、なんだか落ち着きますね。

踊りに行って落ち着く、というのも変な話ですが、そういう感じです。ハイ。

聞いてみると、私と同じように「地震以来ですよ」というお馴染みさんも多数。
あまり普段見掛けない方も多数と、けっこうな盛り上がりでした。


毎朝新聞に目を通すたび、つらい話や暖かい話があり、
いろいろな涙が湧いてきて、家族のいることろでは読めません・・・。

運の良し悪しで話を片付けることは簡単ですが、それはあくまで結果の話であります。


まったくあたりまえの話で恐縮ですが、命のある者は、やっぱりきちんと生きないといけません。
きちんと生きるとは、出来ることをやる、ということです。

出来ること。
やるべきこと。
やりたいこと。

やりたいことがない、とか、わからない。という話をよく聞きます。だから悩んでいる、と。
それならば、まずは「出来ること」を洗い出すべきです。
いま自分がやっていることの中に、「出来ること」があるわけです。当たり前ですが。
出来ることの中から、優先順位をつけていくと、やるべきことが出てきます。

やるべきこととは、必ずしも社会的である必要はないのかな、と、思います。
「働き蟻の論理」ってありますよね。働き蟻のなかで、80%は働くが、20%は働かない。
で、働かない20%の蟻を取り除くと、のこった80%の中のさらに20%が働かなくなるというあれです。

自分のやるべきことが社会的であれば、「自分は80%なんだな」と。
自分のやるべきことが社会的でなければ「自分は20%なんだな」と。
20%の典型例は、芸術・芸能関係の人々ですね。
そう、20%が無いと、社会は成立しないのです。

しかもこの立ち位置は、一生涯一定とは限らない。

かなしいことに、80%の人は、時として20%になることを忌み嫌います。
実は私自身がそういう部類の人間なのでありましたが、その辺はちょっと変わってきたみたいです。

やっぱりそれは、踊りと音楽が、自分の生活に深く入り込んでいる証なのかもしれません。

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