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zoom RSS 人生の目標ってなんだべか

<<   作成日時 : 2011/08/16 01:57   >>

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よく、「何歳までにやりたい50の事」とか、「幸せな人生は目標を立ててそれに向かって具体的な挑戦を・・・」とか。
啓発本とかセミナー的な事とか、そういうことが溢れていますよね。


人生の目標が「素敵な結婚をして、幸せな家庭を築いて、子供に恵まれ、安泰な老後で・・・」って考えている人多くないですかね。

まあ、それがいわゆる望むべき幸せな生活であろうとは思いますけれど、「素敵」とか「幸せ」とか「安泰」ってやつは人それぞれに基準が違うわけですよね。だから、結婚とか、家庭とか、子供とか、マイホームとか高級車、ましてや老後の安泰なんて言う曖昧な表現のものは「人生の目標」にはなり得ないわけです。


私が常々思っている、人生の目標とは、では一体何か。
「死ぬときにはジタバタしたくない」という一言であります。


例えば、フェラーリに買わなきゃ、俺は死んでも死にきれない!
と、自分がなったら、絶対にフェラーリを買う努力をします。何事にも優先してフェラーリを買う努力をします。


死ぬ間際になって、「つゆにたっぷりと浸けた蕎麦を食いたかったなぁ」なんて言っても、落語なら笑い話で落ちますが、自分がそんな事を考えて死にたくはないわけです。


いくら他人を非難したり文句を言ったりしても、けっきょくは自分がどうにかしないと、どうにもならない。
「時間が」「お金が」「会社が」「政治が」「世間が」「親が」・・・文句の矛先はいくらでも出てきますよ。

老後の良し悪し、すなわち、死の良し悪しというのは、現在の良し悪しの積み重ねだと、気が付かなければいけません。


人生の目標とは、「設定するものではない」と、私は思います。
「自分がもしもこの世から去るときに、何をしなかったら後悔するだろうか」と、自分に問いかければ、自ずとやるべきことが出てくるものだからです。そして、それは時々刻々と、立場や社会情勢によって変化するものであります。


病気になるのも嫌だし、死ぬのは出来るだけ先延ばしにしたいし、苦しまずに死にたいし。
しかし、この先何があるのかは、誰にもわからないのです。
「走馬灯」を見る事態になった時、不足ばかりの走馬灯は見たくないのです。


戦争とか、天災とか、事故、犯罪・・・
走馬灯を見る余裕すらなかった方々の魂を考えると、言葉もでません。

合掌

Kenichi

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