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zoom RSS 混沌を受け入れて生きる。

<<   作成日時 : 2011/10/06 23:51   >>

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こんばんわ、Kenichiです。

すっかり夜は冷えるようになりました。
いま、窓の外では鈴虫が鳴いています。


先日、ラジオで北山修さんが「水に流さない。流さないまま、澱んで混沌とした状態を受け入れて生きる覚悟が必要だ」というお話をされていました。

仕事をしながら聴いていたので、うる覚えでありますが、内容としてはこう言う事です。


日本人の文化というのは、年の節目で片付けをし、掃除をし、その年の穢れを払い、綺麗な状態にしてから新年を迎えてきた。これが、「水に流す文化」である。
因縁やらしがらみやらも、水に流して綺麗にする。綺麗にして、新しい関係を築く。

そう言った、清廉で潔白な状態を良しとしする文化なわけです。

片付かない、綺麗にならないと、落ち着かない。悪い状態であるような居心地の悪さを感じてしまうんですね。
例えば自分の娘がいつまでも結婚せずに家にいると、「娘が片付かない」と、親が落ち着かない。

しかし、これからの我々の生活には、「水に流さない状態を受け入れないと、辛くなる」というわけです。

地震や台風や原子力とか。
一朝一夕にどうにかならないことが、もう現に起こってしまっているし、これからも起こることは、必定だからです。

******

どうにもならないことを「悪」として、それを片付けられないことに「罪」を感じてしまうことは、つらい事だと思います。
じっさいにそれを感じている人が、いまどれだけ多いことか。

自然災害の被害だけではありません。
私たちの住んでいるこの国では、年間3万もの人が、その罪を償うべく自ら命を絶っているし、その罪を認められない人たちは、他者に対し猜疑心と攻撃性を持って敵対するわけです。


踊る世界に足を踏み入れてかれこれ5年になりますが、この「どうにもならないこと」を『悪』ととらえることから逃れないと、おもしろい踊りは出来ないのではないかと、私は感じます。

「どうにもならないこと」は「どうにもならないこと」であって、良い状態でもないし、悪い状態でもない。
この、現状をそのまま受け入れることができなければ、正しい進路を見つけることは出来ないのです。


自分を救ってくれるのは神様でも何でもなく、自分自身だけなのです。


Kenichi

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