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zoom RSS 生きると言うのは数字だけじゃないんだなあ、と思う。

<<   作成日時 : 2012/08/13 01:27   >>

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生きるって言うと大げさかな。生活っていうことなんですけどね。
うーん、おんなじか。


生きて行く上で大切な事は、「ああいう大人になりたい」とか、「カッコよくなりたい」とか、そういうすごく大ざっぱなあこがれを持っているかどうかだと思うんですよ。

そういうのが子供のころに芽生えて、成長して、大人になって、「あこがれ」がしぼんでくると、急激に老けこんだりするわけです。

子供が元気ないとか、打たれ弱いってのは、周りに「カッコイイ大人」「あこがれの対象」が無いからですよ。
それはつまり、「理想をもった大人」が少ないという事の証明なんです。
教育評論家が何を語ろうと、学校にカウンセラーが常駐しようと、それは対処療法に過ぎないわけです。


先日とあるライブで、中学生相手に楽器を教えているプロミュージシャンの方がお話していました。
「最初は何の反応も無くて、大丈夫かな?って思ったんです。しかし、次に会った時には確実に変化がある。言葉には出来なくても、ちゃんと感じて、考えているんだなと思いました」

楽器って、得点にならない。お金にならないですよ。
むろんコンクールや、プロになれば、そういったものもついてきますけどね。

学校の授業って、どうしても得点=進路=学歴=収入と、数字の評価に繋がっています。だから、ある程度頑張る動機づけになりますよ。
しかし、そういう数字の評価とは全く関係のないものをやる動機ってなんでしょうか。


「いい音が出したい」「プロミュージシャンの様な演奏をしたい」
そういうあこがれですよね。
あるいは「異性にモテたい」とかね(笑)


こういう動機、モチベーションが無いと、生きていてもつまらないですよ。
本当に豊かな生活を送っている人は、「数字」も大事にしますが、こういう「数字にならないもの」も大事にしている人たちです。

決して、年収1億円とか、教育長とか、PTA会長とか議員とか、そういうスペックに人生の価値があるわけではないんです。



私は高校の時に演劇部に所属しており、役者になるという道も選べた。
しかし、役者は飯が食えないから。と、堅実な道を選んだ。
20代はその分、ハッキリ言ってつまらない10年でした。
27歳の時にサルサを始めて、現在30代半ば。
生きている充実感でいっぱいですよ。(いっぱいいっぱいという声もありますが…)

kenichi

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