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zoom RSS トルストイとわたくし。(次回の千葉サルサレッスンは6月5日(水)です)

<<   作成日時 : 2013/05/27 01:24   >>

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正直なところ、あまりたくさんの本を読まないんですが、好きな人の本はちょこちょこ買って、何回も読んだりします。

とくに、トルストイの短編集は岩波文庫で4冊くらい買ったかな。
何度も何度も読み返しております。

彼の作品は、神と人間の関わりであるとか、人間の生き方について、ロシアの人々の生活の中から描き出しています。とても示唆に富んでいて、私はイライラした時や、不安なとき、あるいはまた浮足立っているときなどにも自分を落ち着かせるのに大変重宝しています。


で、最近ふと立ち寄った本屋さんで買ったのが、「イワンイリイチの死」という作品。
軽く立ち読みしてから買ったんですけど、読み始めたら一気に読み切ってしまいました。

いやはや、この作品の主人公が、人生の最期に苛まれるあれこれが、まさに自分が以前、恐れていたことだったからです。


トルストイの作品は、ともすればえらくあっさりと、ふーん。てな感じで読み終えられる作品なんですね。
物語そのものは単純な話なんです。でもね、その描写が分かりやすいぶん、実感がこもって、自分のこととして感じやすいのだと思います。


私がいろいろな重大な決断をする時、価値基準の根本にあるのは、「死ぬ時に後悔しないか」ということ。
今を積み重ねた先が、はっきり言って「死に際」なんですね。
それはどういう生き方をしても同じ。みんな平等なの。

イワンイリイチも、おそらく彼の周りの二人をのぞいたほとんどの人物も、自分に死が訪れるとは思っていなかったし、自分の生き方について、振り返ることも、先を考えることも無かった。私自身もそうであったし、今だって油断するとそういう刹那的な生活になりがちであります。

しかしながら、今一度、自分に迫りくる死について、考えておくべきだと、私は考えます。
自分の死を考えることは、決して後ろ向きな思考ではありません。むしろ、自分の生き方を掘り下げ、今後どう生きて行くべきかを考える、非常に前向きな考えと言えましょう。


このブログを目にしていただける数少ない方々の、ほとんどの方はご存じでしょうが私には、2カ月ほど前に長男が誕生しました。

あうあうと、私の袖を掴んでは言葉にならない会話を始め、それを見るたび、私は目じりがでれーんと下がるわけですが、しかし彼もまた、生命を宿した瞬間から、その時に向かって生きて行くのです。

多分母親(奥さん)は、こういうことは考えられないんじゃないかなぁ。
男親だから、考えなきゃいけない事なんじゃないかと思っております。
(けっして男尊女卑の考えではないよ。役割の違いを言っているのよ)

まあ、こんなことを子供にはわざわざ話さないかもしれないけどね。
子供自身が、大人になりたいなあ!って思えるような大人にならないとなー。


Kenichi





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